「相手が未来を想像できること」

GARDEN stars. Vol.33

K.suzaki 2023.6



 

 

「相手が未来を想像できること」

 

『武蔵小杉のニュートラルを立ち上げ、店長としてお店を支え、以前からの本人の念願だったGARDEN YOKOHAMAをオープンさせ、僅か一年で軌道に乗せた今、早くも二店舗目を出店予定。

GARDEN YOKOHAMA代表であり、GARDENグループで新たに三人のマネージャーに昇進した一人の鷲島翔一朗くんです。』

 



 

小・中・高とずっと野球に明け暮れてました!

高校はY校(横浜商業高校)という野球の古豪って感じで有名なところで、1時間半かけて通学をしていたんですけど(笑)。

部員が130人ぐらいいて、朝7時から練習、夜も20時まで練習でひたすら部活という生活でしたが、結局レギュラーにはなれなかったです。。。

高校3年生になるまでは、本気で医者か公認会計士のどちらかになりたいと思ってたんですけど。

知り合いに美容師の人がいて、楽しそうな人生を過ごしているのを間近でみて興味を持ちました。

 



※右下が鷲島さん

 

『GARDENに入ったキッカケは?』

 

当時の200坪のGARDEN原宿に初めて行った時、「絶対ここで働きたい!」と思うぐらい衝撃を受けました!

ここで美容師をスタート出来たらどんな美容師にでもなれると思い、新卒面接を受けましたが、、、

見事に1次面接すら通過できずに落ちました(笑)。

 

いつか中途面接を受けようと思ったんですけど、どうせなら早い方が良いと思い、卒業した年の4月、5月、6月と毎月履歴書を持ってお店に行きました(笑)。

そして7月にやっと面接をしてもらいましたが、そこでも面接中にボロクソに言われ、、、

「絶対また落とされた、、」と思ったので、当時の面接官だったマネージャーをお店の外で一時間くらい出待ちして、「どうしても入りたいです!」って事を伝え、なんとか入社できました(笑)。

 

 

『入社してからアシスタント時代印象に残っている事や思い出とかは?』

 

本当に沢山あって、、、

1年生の時に毎朝6時から練習に付き合ってくれるような先輩がいたり。

毎月のモデル人数をひたすら競う同期がいたので、70人やった月とかもあるんですけど。

デビュー前のGARDEN TOKYOでの最後のアシスタント3ヶ月間が、今までの人生で一番濃い時間でした!

 

アシスタントのトップとして、営業を円滑にする事も技術にも、その頃自分なりには自信があったのですが、、、

当時の代表だった西山さんには、全てを見透かされていて、細かいところを流した仕事をしていたのがバレてましたね、、

毎日どころではなくて、営業時間中ずっと怒られている様な感じだったので、出来ない自分に苛立って毎日の様に泣いてました(笑)。

あの3ヵ月が僕にとっての大事な時間でした!

でも二度と同じ時間は過ごしたくないですけど(笑)。

 



 

『その時代には結婚もして、子供もいたんだよね!?』

 

「早くスタイリストになれるところで働いた方がいいんじゃないか?!」と家族や周りの人達にも言われて、、、でも「GARDEN以外なら美容師を辞める!」って説得してました。

 

今では割と遠くから通っているアシスタントもいますが、当時はみんな近くに住んでいて、、、

結婚していて、しかも一時間以上かけて通っているアシスタントなんて居るわけもなくて(笑)。

週に一回は終電をのがし、休みの日も朝から晩までモデル練習とモデハンだったので、家族と一緒の時間は全然無かったです。。。

子供が産まれたのがアシスタント3年目のぐらいの時で、そこから約2年間アシスタントをして、5年目の7月にデビューでした。

 

 

『デビュー記録の時の事を詳しく教えて!?』

 

当時のデビュー月の先輩の記録が230万ぐらいだったので、「必ずそれは越える!」って何の根拠もないのに自信を持っていました!

それよりも最速でTOPスタイリストになること(当時12ヵ月)目指していたので。

BREITLINGとRolex両方の時計を手に入れたかったんですよね!

(GARDENでは記録更新者がその時計を引き継ぐという風土があります)

 

モデルさんは誰よりも来てくれる自信はあったので、あとは客ハンだと思い、デビュー前の月から4ヵ月間は、寝る間も惜しんで一日も休まずに、朝から夜までやっていました。

終電も逃し始発の時間まで、多分4、5回は野宿しながら客ハンした事があったと思います(笑)。

 



 

『武蔵小杉に異動する時はどんな感じでしたか?』

 

銀座でデビューして、すぐにTOPスタイリストになれたんですけど。

「エリアにこだわるのは違うな」と思ってたので、「武蔵小杉でも自分の未来は作れるイメージがある!」と思い異動を決意しました!

また入社した時から、「将来GARDENを横浜と湘南に作る!」って決めていたので、少しでもそれに近いところで出来るかなと。

 

でも実際に異動してみると、「お客様の求めてるものが銀座とちょっと違うなぁ、、」と感じ、自分のやりたい事と少し噛み合わない様な気がしました。

ただ当時のアシスタントが、技術はまだ上手ではないのに、それでもお客様を喜ばせている姿を見て、「余計なことを考えず、お客様を喜ばせることだけを考えよう!」そう思える様になってから、自分の気持ちも変わって行きました。

 

当時武蔵小杉から、トップ売上げのスタイリストが何人か生まれたんですが、同時に育休明けであったり、女性スタイリストがマイペースに働きたいというニーズも混在していて、当時GARDENにはそんなお店がなかったので、その時のお店の管理者として携われたことは、今となってはとても良い経験でした。

 



 

『横浜を出すにあたっては、どんな思いでどんな準備をしましたか?!』

 

僕がGARDEN TOKYOでデビューをしたあとすぐに、今後トップアシスタントとしてお店を引っ張って行くと思っていた後輩が、4人ぐらい一気に辞めてしまった時に凄いショックを受けて。。。

当時はデビューをして結果を見せれば、後輩が続いてくれると思っていたんですが。

それだけではない「もっと先の未来をも見せなければ行けなかったんだ」とその時思いました。

 

「地元でやりたい」などの理由でやめてしまったり。

「自分の思ったイメージのお店を出すにはGARDENではできないから独立をする」という選択をしてきたスタッフを見てきて。

「GARDENに残っても出来るし任せて貰えるんだ!」というカタチを少しでも作りたかったのと。

デビューをしてから伸び悩むスタッフを減らせるお店を出店したかったです。

 

一度は退社が決まっていた川勝がデビューするところまで来れたり、伸び悩んでいた塩見が少しずつ伸びてきたり、GARDENに昔から興味のあった金井を中途スタイリストとして迎えられたり、そういうスタッフが育つお店を作りたかったです。

現状も大事だと思うんですけど、今後も働きたいと思えるスタッフと長く働く為には、「相手が未来を想像できる様にしないといけない」と常に考えていました。

 

約1年間くらい、暇さえあれば駅周辺を歩いて、ビルや建物の中に入っては「テナントが空いてないか?」電話したりしてたので、駅周辺のビルの名称は結構覚えました(笑)。

テナントを見つける度にレイアウトの図面を引いたり、2年分の収支シュミレーションをしていたので、今のテナントを見つけた時も、すぐにレイアウトと売上イメージができて、「ここならできる!」って、僕の中では即決でした(笑)。

 





 

『実際にオープンして、大変だったことや楽しかったことは?』

 

人数が8人と少人数スタートだったので毎日が大変でした。

オープニングを経験した事がないスタッフばかりだったのと、みんな若いので、みんなが誰かに頼ってしまっている感じでした。

最初の頃は、スタッフである自分達ばかりが楽しんでいるお店になってしまい、「おままごとみたいな営業はやめよう!」って毎日の朝礼終礼で言っていました。

でもその後は、全員が確実に数字が伸びて来て、みんなの成長を感じられることは楽しかったです。

 

オープンして一年が経過しましたが、ここからが本当の勝負だと思ってます。

最初の1年はビリからのスタートなので、絶対成長するしかないですけど、ここから成長するのって去年以上に全員が頑張らないと成長出来ないと思うので、1年後も結果が出ていたら、だいぶ安心ですね(笑)。



 

 

『マネージャーという立場で、会社側の見方をして思うことや考えている事は?』

 

僕が今横浜で出来ている事、マネージャーという立場に携われている事全ては、GARDENが約18年間走り続け出来たからこそだと思うんですけど。

GARDENはまだまだもっと良いお店に出来ると思っているので、会社としても伸びしろ沢山で「もっと成長出来るな」と思っています。

 

神奈川は横浜駅周辺だけではなくて、みなとみらい、鎌倉、湘南など、出店をしてみたい場所が沢山あるので、それはしていきたいです!

同時に、地元に出店をしたいスタッフがいたら僕なりにチカラになれる方法を考えたいとも思っています。

僕はそれをさせて頂いたと思っているので!

マネージャーとして、スタッフのどんな些細なことでも、やりたいと思う事はチャレンジ出来る事、一緒に考えて行ける事をしていきたいです。

 



 

『自分のプライベートや将来の夢とかは?』

 

仕事で常に成長出来たら楽しいですけど、子供も3人もいるので、、

家族全員がより不自由なく生活出来るようにしたいですね(笑)。

アシスタント時代はお金がない中で生活して来たので、そこには余裕を持たせてあげたいです!

最近は将来やりたい事が沢山出てきて楽しいです!

もっと自分の美容師としての価値を上げていく事であったり、他にもやりたい事が沢山あって困ってます(笑)

 

『最後に後輩たちに伝えたいことは?』

 

まずは美容師になった理由を忘れずに楽しんで欲しいです!

理由は絶対みんな一緒ではないと思うんです!

なので目標も人によってバラバラだし、美容師になって良かったって思う瞬間もそれぞれだと思います!

大事なのは、一人一人が美容師を選んだ自分の最初の気持ちを持ち続ける事。

その目標を言葉として発する事で頑張れるきっかけになり、自分の成長に繋がって美容師人生を作って行くと思っているので、スタッフ全員がそんな気持ちを持ち続けて欲しいです!

 

 

 

『アシスタント時代に結婚して子供ができ、GARDENという環境の中では、それは想像以上に大変だったと思います。

「横浜に出したい!」と言う話しはずっと以前から聞いていましたが、、、

その裏側にある「本当の理由」を理解できたのは実は最近です。

 

彼も実力のあるプレイヤーで、いわゆる「独立心」の旺盛さからくるものだと思っていた事が。

最近マネージャーにも昇格し、横浜エリアだけでない、全店レベルで物事を考え、彼が発っしている言葉や姿を見て。

また今回横浜に出店した理由を再度インタビューして、様々なスタッフの「可能性を受け入れる」という事だと理解出来ました。

 

人を大切に考えないリーダーはほぼ存在しないと思っていますが、その時々のコミニケーションによって、相手の気持ちを汲み取れなかったり。

相手の視点でものを見る事が足りない事で、大切に考えたつもりでも、得てして「一方通行」になり、結果「大切にしてくれない」ということになりがちです。

 

鷲島くんだけでなく、彼の様な柔軟性と許容量を持つ上の立場の人が多いほど、スタッフのみんなは「自分のことを受け入れてくれている」「自分にも活躍できる場がある」

そう感じて、「GARDENに居続けたい」と思うスタッフが増えて行くんでしょうね。

場所や形に捉われず、様なお店ができて、様々なスタッフが「居場所」を感じられるGARDENになって行きたいですね!

鷲島マネージャーよろしくお願いします!

 



鷲島翔一朗

Shoichiro Washijima

GARDEN YOKOHAMA 代表

GARDENの本店で磨いた技術とセンスでお客様のなりたいイメージを全力で叶える評判のスタイリスト。
カラーは誰よりも豊富な知識と経験で、色持ちやダメージだけでなくお客様ひとりひとりにあったカラーを提案。丁寧な施術にも定評を頂き、乾かすだけでカタチになる再現性の高いカットは、お客様から高い支持を頂く。GARDEN YOKOHAMA代表と、GARDEN groupのトップとしてスタッフとサロンを牽引。

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